Q1. ブレインバンクとは何ですか?
A1. 欧米では死後脳をおもに凍結組織として蓄積し、研究資源として保存し、疾患の病態解明のために研究者に提供する仕組みが構築されています。日本では、その名称を使い、同様のシステムを構築しています。

Q2.なぜブレインバンクが必要ですか?
A2. ヒト脳は最も進化しているため、動物実験の結果をそのまま用いることが出来ません。その点で、肝臓や心臓とはちがいます。神経難病は、死後剖検で得られた脳を組織診断して、はじめて最終診断が下せます。また精神疾患・発達障害については、現在の組織診断法では診断をつけることが出来ず、診断法自体の開発を行う必要があります。臨床的に医師が正確に評価し、神経病理学的に正確に診断された患者死後脳なしには、アルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症という神経難病の原因究明はなかったと言えます。それは、精神神経疾患・気分障害においても同様であると予想されます。

Q3. 国際的にはどういう状況ですか?
A3. 1960年代超低温槽の実用化と同時に、ケンブリッジでハンチントン病、UCLAで多発性硬化症脳と脊髄液蓄積が開始され、ついでハーバード大学でハンチントン病を含む精神疾患蓄積が開始されました。欧米ブレインバンクの理念を支えているのは、篤志に基づくものは公的ドメインに属し、公共の福祉に貢献しなければならないという意識です。その意味で、包括研究同意の元、オープンリソースとしての提供を、国家レベルで推進してきました。
ブレインバンクリソースの構築には、精神・神経疾患専門施設が剖検で蓄積するかたちと、患者本人の生前同意登録のかたちで蓄積する二系統が存在します。たとえば双極性感情障害や自閉症は、後者のかたちでないと蓄積は難しいです。稀少神経難病でも同様です。ブレインバンクの重要な活動の一つとして、生前同意登録の普及があり、”Gift of Hope”運動と称されています。「後生において脳の病気に苦しむ患者に希望というすばらしい贈り物をする」という意味です。
現実的な視点からは、米国NIH、英国MRCは、ブレインバンクリソースを知的資産蓄積のための戦略物資との位置付けを行っており、国家事業として運営する根拠としています。

Q4. 本邦での状況はどうですか?
A4. 本邦では大学等における施設内蓄積は存在しましたが、包括研究同意の元、オープンリソースとしての蓄積は長く存在しませんでした。1990年代終わりまでリソース構築が公的研究費を受けにくかったことも大きな理由のひとつです。
本邦の研究者はこれまで欧米のブレインバンクに依存してきました。しかし、人種差、パテントの関係で、本邦でのリソース構築が求められるようになりました。
本邦の臨床(画像)情報・病理検索のきめ細やかさは、国際的にも認知されており、高水準のブレインバンク構築が可能と考えられます。さらに本邦では全身剖検を前提としているので、脊髄、一般臓器も保存可能であるという有利な側面もあります。
日本神経病理学会は、1986年に「ブレインバンク準備委員会」を立ち上げ、ブレインバンク構築の準備を努力してきました。1999年に欧米型ブレインバンクシステムが福島県立医大、東京都健康長寿医療センターに創設された時点で「ブレインバンク委員会」に改組し、リソースの品質管理、倫理的検討、国際協力推進の努力をしてきました。
神経病理医は、ブレインバンクの運営を通してさまざまな基礎研究を推進するコーディネータ役です。逆に言えば、今回の日本ブレインバンクネットの構築は、神経病理が次世代に存続するための、試金石とのコンセンサスを得ています。

Q5. 本邦におけるブレインバンクの現状を説明して下さい
A5. 本邦では前述しように、施設内での研究のための蓄積はありましたが、オープンリソースとして他の研究者に配る枠組みは存在していませんでした。理由として、運用に必要な公的な研究費を得にくかったことに加え、地域割り・縦割りの精神構造が、横断的協力を困難にしてきたことが大きいです。しかし、欧米に対抗する必要性が、学術的側面以外にも、知的資産の面でも重要であることが徐々に理解されるようになり、神経病理学会を基盤として大同団結が可能となりつつあります。新潟大学、愛知医科大学、東京都健康長寿医療センターの3施設が多数のリソース蓄積を有している主なところです。NCNPは国立病院機構を主導し、リサーチリソースネットワークを構築してきました。また生前同意システムを取り入れたブレインバンクシステム構築の努力を行ってきました。今回のジャパンブレインネット構築では、これらを統合させて運用することで、同意を得ております。

Q6. なぜオールジャパンでのブレインバンク運営が必要なのですか?
A6. 研究者にとって、診断が正確な症例が多数手に入ることは、国際的にも先端的な研究を行う上で必須です。試料提供窓口に依頼し、迅速な研究開始が可能となるシステムの構築は、大きな恩恵となることが予想されます。また、ブレインバンク運営側としては、運営費用を効率的に分配することが可能となります。また事務局を置くことで各種関連学会との連携をとりやすく、各のブレインバンクの独立性をたもちつつ、バンク同士、ソフト面、ハード面での助け合いや水準の維持、向上が可能となります。これは収集、診断、保管、運用の標準化、永続性の担保、危機管理対策、次世代を担う若手医師教育を含みます。ナショナルセンターの使命の一つとして、バイオバンク事業の一環としてNCNPが引き受けることは、理にかなったことと考えます。

Q7. 日本ブレインバンクネットの現時点での準備状況
A7. 倫理面の整備として、「日本神経病理学会・日本生物学的精神医学会合同倫理指針」の策定を2015年度行い、両学会ホームページで公開しています。データベースの構築準備中で、今年度中に研究者の皆様に公開して参る予定です。